2012年01月15日

悲しい。

もう、降参したい。
お金が足りない。試算すると、右肩下がりにマイナス。
貧乏ヒマなしとは本当で、稼いでも稼いでも、意外な所から出て行く。土日もなしに働くから、時間がなかなか作れない。
時間を作る努力をしたい。どこかでできるはずなのに。
親と電話していると、自然とお金の話になってしまう。
自己破産して、家もなく、弟の家に間借りしている癌の親から、お金を借りることになった。
「いいから、もう少し頑張るから」
いくら言っても「手遅れになる前に、少しくらい出してあげるから」と。
ずっと拒否していると、病気で寝ていた父が起きだして、男の人というのはそういうところ、早くて強い。「さっさとしろ」とばかりに、私の口座を聞き出した。
電話を切って、大泣きした。
猫に顔をうずめて大泣きした。
どうして、高額医療で苦しんでいる家庭から。
闘病中の家庭から。
私はどこまで搾取するんだろう。
プライドってものがないのか。
悲しい。
申し訳ない。
最後に母が「貴方にも夢があるんだから、そのための投資よ」と。
私には夢がある。
希望を叶えるために、こんなにすり切れた毎日ではいけない。
私には夢がある。
叶えたら、少しは返せるだろうか。

一生が終わる前に、一歩は前進したい。
泣きながら、狭い部屋で立ち尽くす。
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2011年12月22日

今年のできごと

今年は何があった?

年始から、私が20万円の家賃を払うことになって、唐突に仕事に追われる。

とにかく頑張る。

「こんなに無理矢理頑張るよりも、引っ越した方がいいんじゃない?」と聞くと、「どうしてここに暮らすためにもっと頑張ろうとしないんだ!」って言われる。

震災が起きる。しばらく仕事なんてない。世の中も変わってゆく。

家賃も払えるはずもなく、滞納が始まる。

滞納金を気にして不動産屋さんに尋ねると、「もっと前から半年分近く滞納金がありますよ」。

旦那が入居当時から滞納していたことが発覚。

「その前の滞納金は僕だけど、今年に入ってからは貴方のせいでしょ」と言われる。

「危ない、逃げた方がいいかも」と、一人と猫2匹で引っ越し先を探す。8万円程度の家賃で探す。いい物件が見つかったけど、まだ旦那を一人置いて行くことに罪悪感を感じて、「二人で引っ越そう」と持ちかける。

二人で探し始めると、急にうまくゆかない。全然いい物件が見つからない。最終的に、私は嫌で嫌でしょうがなかった妙な物件に決める。旦那が気に入ってしまったから…。

夥しい五寸クギの打たれた部屋のある変な物件。板金工場の上。最初に見た時から恐ろしかった。彼は「アートだ!」と。

あそこに引っ越したくなくて「ここに住み続ける方法はないかな?」とふと聞くと、「あるわけない。引っ越しするしかない」と、過去の発言をなかったかのような答えが帰ってくる。

父の癌が発覚していた。母はうろたえている。なんとか心配はかけないよう、両親のことだけを第一に考えたかった。

恐ろしく忙しい仕事と引っ越しの毎日の中、義母がちょくちょく邪魔しにくる。善かれと思ってやってくれるのだけど、余計手が止まってしまう。仕事も引っ越しも進まない。

「息子があげた婚約指輪を返せ」と言って来る。「渡したくありません」と言うと「あ、ないんだ。売ったのね。渡さないってことは売ったのね。息子の思いを…」と。私がその前に義母からもらったブレスレットを、家賃の足しに売ってしまったことが引き金なんだけど、そう言われる。

仕事と引っ越しと父への思いでいっぱいいっぱいだった。

そんな時にも義母はやってきて「指輪、指輪」「私のブレスレットはいくらで売れたの?」「あれを買った時の日記が出て来たけど、ちゃんと純金だった。記録が残っている」などなど。

ブレスレットは、義母がご主人を亡くしたとき、辛い気持ちから逃れようと、何か華やかな買い物をしようと、そういう想いで買ったものだった。その思いを売ってしまったことには今も罪悪感を感じている。

「いくらで売れたの?」

「いくらで売れたの?」

「指輪を渡しなさい」

「どこまで貴方は頭がいいの?」


引っ越し業者が作業中に「鰻買ってきたわ。食べなさい」。「そんな状況じゃないことぐらい見て分かるでしょ!。私は今、いっぱいいっぱいなんです! もう邪魔をしないでください! 状況を考えれば分かるでしょう!!!!」

「分からないわ。普段と同じような顔をしているじゃない」

「いい加減にしてください!!!!!!」

彼は引っ越しの日にいなかった。

義母「あなた、息子が家賃を滞納していたの、実は知っていて、不動産屋さんの前でびっくりした演技していたんじゃないの? だんだんそんな気がしてきたわ」

たしかに、ブレスレットを売ったのは私が悪い。でも、モノではないか! 命ではないじゃないか。父のお見舞いに行きながら、空しさを感じる。

とりあえず引っ越す。引っ越し代金を安くあげたこともあるけれど、2トンロング車で荷物が乗らなかった。大量の積み残しが。

どうして、二人で生活を小さくするのに、2トンロングで乗らないほどの荷物を持つのだろう?

グランドピアノを彼は最後まで嫌々ながら売ったけど、そのお金はママンに預けたそう。

引っ越し代金、部屋のシステム家具撤去費用、引っ越し先への初期費用。駐車場費用。その他もろもろ。

義母が「息子に渡すと返ってこないかもしれないから、貴方に渡すわ」と、20万もらった。20万で足りるはずはなく、その3倍はあったけど、それは全て私が払った。

後から「20万返さないの?」と。何に使ったと思っているんだ。引っ越しの一時金で消えただけで、自分のこずかいにした訳ではないのに。彼の固定資産税の滞納金などにも使ったというのに。

彼は失業中。私の仕事に興味を持ち、「それで食べていこう」なんて言うけれど、彼には運転ぐらいしかできない。引っ越し先は私が契約者となる。

どしゃぶりの雨の日の積み残し荷物を3階の外階段を往復する。大家さんに「もうやめなさい」と、何度も言われる。

雨に打たれながら階段を重い荷物を持って往復する。ほとんどは彼のもの。本とか、ピアノの椅子とか。

「こんな思いをしながら運ぶ荷物って、本当に必要なのだろうか」と、つくづく感じた。日常生活には必要のないものばかりだった。「いつか読むかもしれない本」「パラパラめくりながら料理を考えたい」と彼のいう、料理本…。

この、手がちぎれるように重い荷物は、いったい何なんだろうと、思う。

大家さんに「もうやめて」と、中断される。残りの荷物にビニールシートをかけてくれた。

家に入って「でも、まぁよく持ち上げたかな。女手一つで。少し残っているけど、よく頑張った。後は彼が自分のものだし、やればいいわ。雨の中これだけ頑張ったんだから、今晩は二人でシャンパンでも空けよう」

それが、彼を思った最後の時だった。「まだやり直せる」と、幸せな食卓を想像した最後だった。

帰ってきた彼は「本が濡れているじゃないか!」と、罵倒した。「本を置いていくなんて何を考えているんだ!」と、怒るのをやめずに、夜遅くにドタバタ荷物を運んでいた。下は大家さんの家なのに。

そこで、彼への愛情はキレた。

完全に会話のない生活が始まる。死ぬほど暑い、夏の日。エアコンばかり多い家で、節約に必至。

私に、なんだか変な病気が発覚する。あっちこっちの病院へ行き、かなり滅入った。結局、その難病である可能性は高いけれど、今は症状が少ないから何もできないと、最終的にはそれっきりになった。「症状が酷くなったら来ればいいんですか?」「今の医学ではそうとしか言えません。分からないんですよ。この病気はまだいろんなことが」。


「家賃の半分、生活費の半分、ちゃんと払うから」
そんな言葉は全て反古にされた。

1ヶ月で彼は全て反古にした。

こんな生活が苦しくて、ある晩、彼に「苦しい」と夜中に起こした。

そこから喧嘩になった。

彼は殴る蹴るの暴力を働いた。「顔はやらない」と言って。

恐ろしかった。こういうとき、女の人は「噛み付く」くらいしかできないんだ。

その後、彼は自分で警察を呼び、警官が来たあと、自分の猫を連れて出て行った。それは私の誕生日の朝だった。

泣きながら、区役所の相談窓口に行った。何にもならなかった。

一刻も早く、その家を離れたかった。
でも、彼の荷物や家具が大量に残っている。退去できない。

彼に「私はここを出て行きたい。荷物はいついつまでに自分で処理して。ちゃんと伝えたから、期限までにやらないと、廃棄しますよ」

「待って。その家には僕が住む。そこで再起したい。だから解約しないで」

不動産屋さんにその旨を告げると「怪しいですね。危ないですよ。そういう話しは鵜呑みにしない方がいいですよ。結局、解約までの金額が伸びるだけですよ。奥さんが契約者だとこういうケースは良くないです。義母さんに契約者に変更してもらいましょう」

それでも、「そこから再起したい」という言葉と、この家を気に入っている彼だから、解約を一旦取りやめ、そう告げた。

しばらくして、連絡がないのでこちらから「どうなったの?」と聞くと、
「その家、もういいよ。やめた。だって、面倒くさいこと言うし」

ここで完全に、彼への「情」もキレた。

仕事をしながら自分の引っ越し先を探す。今度は5〜6万の家賃で。どんどん払える家賃が下がってゆく。再度の引っ越しにもかなり費用がかかる。

自分の母と、この家の最後の荷物撤去を行ってゆく。
いったい、どれだけのモノをゴミにしただろう。
とにかく苦しい作業だった。大家さんは優しかった。

私が出て行くことを知った義母は
「寝耳に水だわ。どこまで息子をないがしろにすれば気が済むの?酷いにもほどがあるでしょ!」と、電話口で怒鳴っている。

もう、別になんでもいい。勝手に言え。

私の母は、父の看病に精一杯で、離婚とか夫婦のゴタゴタなんかに興味は持てない。そりゃあ、命の問題ともめ事だからね、「本当に、モノなんて意味がないってよく分かったわ」と、言った。

この家から早く逃げたい。負のループから。

なんとか引っ越して、猫2匹と今の生活。

とにかく、今までのお金のマイナスをどうにかしようと、必至で働く。1日も休みはない。土日も関係ない。

疲れているから、失敗も起きる。レンタカーで軽く事故を起こした。たいした事件ではないのだけれど、また稼いだお金が出て行く。実家にはお金なんてない。それどころか、抗がん剤治療にはものすごいお金がかかる。特にリンパ腫は高いらしい。実家もキュウキュウの状態だ。

猫がちょっと調子悪そうだったので「早めがいい」と思って、即近くの病院へ連れていったら、ボッタクリ病院だった。6万円も払えるか。「いくらなら払えるんだ」と、財布の中のお金全部取られた。

それでも、仕事そのものはうまくいっている。待遇も良くなってきている。
そこだけは、なんとか守ろうと。うまくいっていることが一つでもあるだけ幸いだと。そこだけは裏切らないように仕事しようと。

必至の1年が終ろうとしている。
仕事が年末で減って、休みができた。

ふと、部屋の狭さを感じる。
来年も、お金に追われるのかと、恐ろしさを感じる。
肌をよく見たらシミが増えていることに気づく。

引っ越す際に指輪とともに離婚届を渡していた。「年内にはカタをつけるから」と言われる。

その年内がもうすぐ。

早くしてほしい。ふんぎりがつかない。
彼のことを求めてもいないし、会うのも恐ろしいし、二度と関わりたくない。それでも、ハタから見る「幸せな家庭」という囲いにふっと心が傾く瞬間がある。そんなもの、幸せではないと分かっていても、「囲い」に安心を求めようという気持ちが頭をもたげたりもする。

以前からメール相手としてなんとか頑張ってほしいと祈っていた義理の妹がとうとう精神病院に入院した。恐ろしい修羅場が繰り広げられていたと言う。

弟は引いている。弟もギリギリの状態だ。話すとすぐに弟はキレそうになる。危ない。

こんな今年。

来年は、家族全員、「これでよかったね」と、穏やかに笑いたい。私は経済的力をつけて、両親の力になりたい。義理の妹には少しでも良くなってほしい。父は、病気だけでなく、社会的に立ち直ってほしい。

そこに住んでいること。
周囲にいてくれる人たち。
偶然のようなコミュニティに、「ここで、良いと思うわ。うん。元気になってきたよ」

そんな会話が、来年は生まれますように。


posted by 手児奈 at 19:34| Comment(2) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

無駄な完璧主義と絶望

大人になり直す。

あの「彼女」が、いよいよおかしくなって、ついに入院した。
今まで彼女は、自分がダメだと責めて、姉以外との誰とも会わず、存在をひた隠しにしてきた。
その彼女が、2世帯住宅の中で暴れたり、信じられないような行動を取るようになった。

入院ギリギリまでは、本当に恐ろしい毎日が続いたみたい。私はその場にいないけれど。

きっと、彼女は恐ろしいことになっているだろうなと、思っていた。
なんとなく、テレビで見た、悪魔に取り憑かれた少女の映像とか、ホラー映画の貞子とか、思い浮かべた。「こんな感じかな?」って。

お見舞いに行くと、彼女は私の知っている様子の彼女じゃなかった。
いつも私に会う時は完璧にきれいにしていたので、入院中の彼女の姿にかなりギャップを受けた。
骨だけで、頭もボサボサ。目だけがギョロっとしていて、魚のように死んでいる。

それまで人前では飲食できない子だったのだけど、母が差し出したイチゴをまるでふてぶてしく見えるくらい、「よっこらせ」みたいにむんずとつまんで食べた。

拘束バンドをつけているから、身動きが取りにくくてそういう態度のように見えたんだろうけど。

私たちが行って、彼女は嬉しそうだった。「来てくれて、ありがとう」と言ってくれた。

担当医と会って話した。
「彼女のようなケースは稀ですよ。これだけ長い絶望の時間の中で、よく生き延びてきました。病名はこれから探りますが、なかなか無い症例です。実は「絶望的」とも言えます。()。え、彼女、そんなにメールできるんですか。何と言ってましたか?これからも手紙のやりとりにしようかな。今までの彼女のメール、教えてください。()。僕らのような普通は、いろいろな経験を踏んで大人になる。でも彼女には何らかの理由でそれが出来ずに今の年齢までなってしまった。だから、非常に難しいけれど、「大人になり直す」ような作業をしていければと」

私が「彼女に希望はありますか?」と聞くと、
「非常に難しいですが、彼女が貴方の言うように「変わりたい」と、言うのなら、それが希望です。普通、あの状態までいってしまうと、変わりたいとは思えなくなるんです。でも、彼女が今もそう言うのなら、そこに可能性はあります。お姉さんとの関係、どこか何かあるのではないでしょうか?」

「彼女は、お姉さんに対してものすごいトラウマをかかえています。お姉さんに愛されたくて褒めてもらいたくて、今も必至なんです。まるで、振られた彼氏にいつまでもラブコールしているかのようですよ。言葉がスローなのは、相手に対して極度の気遣いをしているからかもしれません」と、私。

「拒食症の人って、完璧主義者なんですよ。完璧を追い求めるが故に、人にも完璧な愛情を求める。だから、仲良くなったら嫌いになってしまう。そこで人間関係が続かない。結局、「見放されている方がラク」ってなっちゃうんですよ。彼女ほどひきこもって生き延びている現在は、過去に母親の無償の愛のような心地よい完璧な環境があったんだと思います。でなければ、ああいう人格は生まれないんです」

ここらへんの会話だけでも、彼女の苦しみが見えてくる。彼女の甘えも、それらが全部私と照らし合わせて鏡のように自分へも跳ね返ってくる。

完璧主義。

って、アホらしいね。私もそうだけど、完璧主義の人って、適当主義(?)の人よりずっと、周囲に迷惑をかけている。適当な人の方が社会と上手くやっている。完璧であろうとするあまりに、逆に出来なかったり、やらなかったり、逃げたり、遅刻したり…どこが完璧主義やねん!(大阪弁知らない)って、つっこみたくなるくらい。

しかし、完璧主義は辛いです。

あの先生、いい先生だと思ったけど、私が彼女との会話で話した内容をそのままいきなり彼女に話していたことにはびっくり。もっとソフトに「こういう話しもあるみたいなんだけど」って切り出すなら分かるけど、あれでは秘密の会話のプライバシーがぐちゃぐちゃだ。

それから、「母の愛のような守られる居心地良い空間がないと、ああいう障害は生まれない」って言っていたけど、確かにそうだけど、本当なのだろうか? 彼女は本当に珍しいケースなのか??? 年月で言えば「長い」となるし、そういう意味では珍しいかもしれないけど、ヒトのココロとは、あんなものではないだろうか。

弟に、彼女の様子を伝えると、弟は「本当にこの数日間、恐ろしかった、心が折れそうだった。どんな状況だったか分からないでしょ?」と言う。

私が悪魔に取り憑かれた少女を想像したよと言うと、「そう、…。もう、精神とか心ではなくて、お祓いとかそういう世界なのかもって、思ったよ。本当に、見ていられない。恐ろしい人格がある」と。

体中、よだれや涙でベタベタで、そのままヌーっと現れて、いきなり倒れたり、飛びついてきたりする。

それでも、私は彼女が好きだよ。その「場」を見ていないこともいい。あんなに無償の愛を送っていた弟でさえ引いてしまった。だからこそ、彼女が人生に立ち向かうのは「これから」だと。

人が、人間らしい心のありさまを保っていられなく、もう、自分の心はモンスターのようだと感じてしまう時ってある。人間だから、ヒトとしての意識は強くあるのに、だからこそ辛い、自分が壊れてゆくとき。自分がヒトでなくなってゆくとき。それでも自我はある。

これが、はっきりとした知的障害や身体障害だったら、彼女は家族の子供たちからも「いたわるべき人間」となるのかもしれないけど、彼女は普通にしゃべれるし、意識はまっとうだから、そういう存在にはなれないんだよね。
子供たちは「だってあのこが悪いんだもん!」って言うの。
いっそのこと、狂ってしまえば、楽になれるのかと思ってしまう。

まるで、幽霊。幽霊のような人生。
幽霊が、ふてぶてしくなってきた。か細く生きてきたのに。
「ふてぶてしい」って言葉良くないな。幽霊が、人間らしく、肉感を持って、感情をぶつけてきた。つまり、彼女の人生はこれからだと、信じて、手紙を渡してきたよ。

70代でも90歳でもいい。
「あぁ そうだったのかと、すべてが腑に落ちるように、死んでゆく…」そういうふうに、私はなりたい。

繰り返し、繰り返すこと。

posted by 手児奈 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月09日

絶望の人

パニック障害や神経症、睡眠障害やらなんやらで、かなり苦しく、人に会社に迷惑ばかりかけてきた私だけれど、こんな時に「普通のこと」しか言えない自分がもどかしい。

親戚の中に、20年来のひきこもりの女性がいる。詳しいことは今書かないけど。

よく、ニュースで、虐待された上に死んでしまったり、「いったい何の為に生まれてきたのだろう」と、悲しくなる人生の人がいる。

彼女を見ていると、どうもそうなってしまうような気がする、最近。

今、彼女が死んだら、彼女は30年ほどの人生の7割を引きこもり、学校ではうまくいかなくて、病院からも要注意人物になってしまい、誰も信じてくれる人がいないと思ったまま、辛いだけの悲しい人生で終ってしまう。

私の母が「なんて可哀想な子がいるの。なんて可哀想。でも、どうしてあげることもできない」と。弟が彼女を部屋に引きずり戻す姿を見て「人間の尊厳もない」と。

「可哀想な子」。
それで終ってしまうのか。

彼女と電話していても、今の私がかけてあげられる言葉は、
「あったかくして寝なさい」
「誰も信じてくれないなんてことはないよ」
「良くなる未来を信じて」
「そんな寒いところでうずくまって、30キロ台の体重なら、誰だって痺れや硬直はあるよ」
「私は信じているからね」
「迷惑なんてかけたっていいんだよ」
……

くだらない。
私が、精神状態の酷いあの頃なら、こんな言葉はゴミみたいなもの。希望の光なんて信じたくもない。くそくらえと。

でも、今そんなことしか言えない。
私が体験してきた感情や、恐ろしい感覚…。
それらを思い出しても、彼女にやっぱりそれしか言えない。
「普通の人の観念の話し」。

あの世界に居る彼女に届くはずもない。
我々は今、ごくごく普通だ。心が安定した土台に立って、お金の心配とかして生きてる。彼女とは生きている世界も見えている色も違うのだろう。

「優しくしてはだめ。甘やかしてはだめ」と医者は言う。

今日、ニュースで、パラリンピックでメダルを取った足の動かない選手が事故に遭い、それでリハビリしている最中に歩けるようになったと。医師は説明がつかないと。奇跡だと。次のオリンピックは健常者で出ると。

そんな「奇跡」は本当にある。今度はその奇跡が、彼女の順番だったらいいのに。と願う。

一筋の光を、闇の中で照らしてあげたい。

彼女がこのまま人生を終えることがないように。
posted by 手児奈 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

「ゴミってそうなんですよ」

今年に入って引っ越しを3回。

広い家で広げた生活は、安い狭い家に越す時に大量のゴミが出る。

ゴミとの格闘。

ゴミと呼んでいいのだろうか。まずはマンションに設置したオーダーメイドの外国製システム家具。部屋の寸法ぴったりに作っているので、部屋はとてもスッキリと格好いい。とても高価な家具。それが、退去時に一番の問題ゴミになった。

正規業者で費用を払って解体するか、不動産屋さんに説明して置いて行くか、一部撤去かとか。
「ノコギリで自分で切り刻め!」とか弟は言う。それも考えたが、あれだけの量のパネル。丈夫で頑丈でデカい。女一人で切り刻めるものか。それだけの労力を考えたら、正規業者で解体し、リサイクルパネルとして使ってもらうしかないと、最終的に考えた。

労力vs費用。

もちろん、不動産屋にも説明し、写真を送り、実際に見てもらい、一部「あった方がお洒落」な部分は残してもらえるようにした。それでもかなりの費用削減になる。

オーダーメイドの素敵な暮らしが、ゴミになる。撤去費用も業者に頑張ってもらい、最低限で済ませた。撤去の様子を見ていたら、とうてい「自分でノコギリ」は無理だと分かった。

収納がたくさんあったから、大量にあったモノたち。
売れるものはオークションに出した。
適当に撮影して出すと、テキメンに値段に反映したので、ちゃんと撮影し、それなりの労力を使い、なんとか売り切った。

次に引っ越した先はマンションではないので、粗大ゴミ置き場がなかったし、大家さんも粗大ゴミを出したことがなく、「すみません、すみません」と謝って、大家さんの敷地内に置かせてもらった。

粗大ゴミにしたのは、ダイニングの椅子4脚のみ。猫がバリバリにしてボロボロなので、これだけは「ゴミ」と私も認識し、そうした。

他のものは一切「ゴミ」にしなかった。

「良いもの」「まだ使える」「ブランド物」…。これらはリサイクルにあたってほとんど何の意味も持たない。

「年式が新しい」「流行っているブランド物」。これしか売れないし、引き取ってももらえない。

「タダでいいので引き取ってください。これだってリサイクルショップで売れるでしょう?」とリサイクル屋さんを呼んで聞いても、「今はどこも厳しいんです。利益になるものしか引き取れないんですよ」とのこと。

3件くらいリサイクルショップを呼んだ。フォルミオのベッドは高値で売れた。
もちろん同時にオークションもやっていた。

ダイニングテーブル。真っ白で傷もなく、シンプルで機能的な品。
これはオークション1円で、喜んで取りに来てくれる人に譲った。引き取り手があって良かった。ただそれだけが嬉しい。

引き取りに来る人というのは、他にも物色するもので、同時にオーダー家具の残骸でもあった電話代ももらってくれた。

h.Pデコのベンチソファーを取りに来た人は、同時にガーデニングのアールデコ調の鉢受けをもらっていった。

ウェディングドレスは、新進気鋭のデザイナーのもの。どこへ持ちかけても「誰だか分からない」「意味が分からない服だ」とのことで引き取ってもらえず、そういったブランドも扱っている銀座のリサイクルショップでようやく値段が付いた。

「素敵な品ですね。これ、本当に高いものですね。モデルさん以外、誰も着られないような服ですし(笑)。でも、この人のデザインでも、ウチではこれしか出せません。デザイナーに申し訳ないですが…」。

それでも、価値を分かって買い取ってくれたのが嬉しかった。(あと電話で分かってくれたのは「コメ兵」だった)

そうそう、自転車。チネリのロードバイク。これも、一体何件の自転車ショップに電話しただろう。その中で一番高値を付けた店に売ってきた。「手放したらコレ、もう手に入りませんよ」とのこと。いいよもう。

それでもまだ売れ残り、引き取り手のない物は残る。ワイヤーラックや棚やら陶器の置き物や物干竿やら自転車用品やらなんやらかんやら。

大家さんにこれ以上粗大ゴミの話しをもちかけるのも忍びないので、最終的にゴミ回収業者を呼んだ。よくチラシが入ってくるアレだ。

若い男の子が来た。
いろいろ物色して、結局「何も持って帰れない」と言う。
「え、回収業者さんでしょ。回収するだけはできるのでは?」と聞くと
「回収費用を考えると、粗大ゴミで出した方がずっと割安です」とのこと。

私は「そうなんだ…。回収屋さんも持っていってくれないんだ。みんな、まだ使えるしゴミじゃないのに…。私は、お金にしたいんじゃなくて、もったいないからリサイクルしてもらいたいと思って呼んでいるのに…」

すると男の子は
「ゴミってそうなんですよ」と、ポツリ。

「ゴミって、ほとんどがゴミじゃないんです。全部使えるものだし、欲しい人はどこかにいます。ただ、それを探すのは難しいし、今はIKEAやニトリとかで同じような物が二束三文の値段で新品が買えます。そういう世の中だから、ゴミじゃないものもゴミになっちゃうんです。リサイクルショップで数百円の中古の棚と、1000円くらいのIKEAの新品なら、どちらを買いますか?」。

「じゃぁ、回収業者さんはどういう人が利用するの? 粗大ゴミが一番じゃない?」と聞くと

「面倒くさいから一気に捨てて、とか、持ち主がいなくなったからとか、だいたい「面倒だ」というのが理由です。処分費はあまり関係ありません」とのこと。

男の子は室内を見ながら悲しそうな顔をした。そしてまた「ゴミって、そういうものなんです」。

最後に、彼は帰る時に「これ、可愛いですね」と、スワロフスキーの小さな置物を「僕がもらいます」と言って持っていった。オークションで値が付かなかった壊れ物だった。

最後に室内を不動産屋さんと内見する日の午前、母と掃除をしていて、まだゴミが出て来た。最終的に「もう!ご免だ!面倒くさい!」と、私はまた別の回収業者を呼んだ。
次に来たのは、ゴミに感傷的になる男の子ではなく、サバサバしたオッサンで、「こんな程度でも高くついちゃいますよー」とのこと。
さすがに見積もり値段を聞いてやっぱりやめた。お金がないから引っ越すというのに!

オッサンも「せっかく来たから」と、電気スタンドをもらっていった。

こうして、部屋はからっぽになった。

そして、次の引っ越し先に行く前に引っ越し屋さんに聞いておいた。「一人暮らしのワンルームで持って行くのに、丁度良い段ボール箱の量っていくつぐらいですか?」

10〜13個程度だと言うので、キッチリその範囲内におさめた。

何もかも捨てた。売った。持って行った。頑張った。

そうして、今のコンパクトな暮らしがある。


何なんだろう?

写真も、思い出も、卒業証書も、画集も、家族の形見も。捨てた。

じゃあ使うものだけが必要なのか、何だか分からなくなってきた。被災地の光景も想った。荒れ地から、思い出を少しでも拾おうとしている人たち…。

私はこの半年、不要品を細かくちぎり、ゴミ捨て場との往復の日々。一生懸命オークションで売りさばく日々。送料計算や梱包・発送に追われたり。リサイクル、回収業者に電話しまくる日々。大量の洋服をグラムで買い取る洋服のリサイクルショップも。

「ゴミってそうなんです」
回収業者の男の子の発したその言葉だけが、今も耳に残っている。

「もったいない〜MOTTAINAI」が美しい日本語だなんて、誰が今の日本で言えるのか。

離婚は、これだけのゴミを出す。

離婚なんかより、とても悲しい引っ越しのそんな日々でした。


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2011年12月01日

貧すれば貪す?

お金がない。

今年に入って引っ越し3回。
今までのような潤沢なバックグラウンドもない。
好き放題に使っていた元旦那の車もない。

生まれて初めて、自分で稼いだお金だけで家賃を払って生活していかねばならなくなった(厳密には過去にあるんだけど。正社員やっていた時少しだけ)

そうなって、3ヶ月。

どういうわけか、最初の2ヶ月はお金が足りており貯金もできて、物入りだった時期を過ぎた今、貧窮している。

「これからは一人で頑張らなきゃ!」
そんなふうに強く思い過ぎたみたい。

仕事を受けまくって体は壊すし、物は壊すし、結局、入ってくる以上に出費がかさむようになった。

「歩いて行けば電車賃が浮く」とか思って歩くと道に迷ったり、靴ずれしたり。

自転車で急げば転び、自転車修理代もかかり…。
商売道具のカメラを壊し…
車はレンタカーで軽く事故り、すごい出費に。。。

結局タクシーの方がずっと安かった的な。。

これは徒歩や自転車が悪いんじゃなくて、そもそもの発想に問題がある。


「節約しなきゃ!」
これも、どうも向いてないというか、上手くできない。
スーパーやホームセンターで安いものを買いだめしたりしていると、どういうワケか、普段適当にコンビニとかデパートで買い物していた時より出費が多いのだ。

たぶん、今までのわたしは、そんなに欲しいものはなくて、普段意外にお金を使っていなかったみたい。過去の通帳を見ているとよく証明される。月に一度もカード使ってなかったりする。たまに爆発したように買う時はすごかったけど。

今は、「安い時に買わなきゃ!」って思い過ぎて、必要以上の量を買っているみたい(わかんないけど)。

結局、今の私にとってお金は、「必要な時に買うことが適正価格」なのかなぁって思う。

欲しいとき、例えば発泡酒が140円だったとする。適当に3本くらい買う。
ディスカウントのお店で1本103円くらいだったとする。→ケースで買う。

発泡酒くらいしか値段が分からないけど、要するに一事が万事、今はこういうことをしているのだ。結局普段より多く飲んでしまい、体にも悪く、部屋は缶だらけになるし、ケースは邪魔だし、ロクなことがない。缶を捨てる曜日が一週間に1度しかないなんて知らなかった。

「お金がないっ!」って思うと、ロクなものが見えてこない。安いもの。安い酒。宝くじの看板。儲け話しのメール。時給の高い仕事。リッチに見える人…。

それに追い打ちをかけるように、猫が体調を崩した時に、ボッタクリの獣医に当ってしまった。6万円。もう、自分からお金のマイナスを呼んでいるとしか思えない。

「貧すれば貪す」って、言葉あったっけ。

多分、こういう時期も私には必要なんだと思う。モノの値段をいちいち考えて、上手くやっているつもりでもヘタクソで、でもあれこれしながら、自分らしいお金の使い方が身に付くまで。慣れる。乗り越える。

そんな当たり前のことを、どうして40台になってやらなきゃいけないのよぉ。若いうちに経験して、40台なんてオトナになったら、貯めていたら良かったのに。貯金まではともかく、40台は遅過ぎでしょ。

裕福な家庭に生まれ育ったのなら、一生そのままでいさせてくれれば良かったのに。
でも、転落の経験には、そんな人生よりずっと意味があるのか。よりハングリーに、より優しく、世の中と人の心が分かるように…。

今の私はまるで赤ん坊(この歳で気持ち悪い)。いろんなことに目を丸くして生きてる。

どしゃぶりの雨の日に立ち尽くす屋根のないバス停の絶望的な日。
こういう日も普通なんだって、知らなかった。

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2011年11月30日

天丼

今日は、天丼。

撮影せずにアツアツを食べられる幸せだった。
posted by 手児奈 at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

極端な食生活の仕事

昨晩、なんか酔って書いたみたいだなぁ。まいっか。

グルメ記事のライターと言うと「美味しそう。いいなぁーー」ってよく言われるけど、かなりツライお仕事です。

1日に何件もまわる時はまさにフードファイト。
手練の記者や大手マスコミだと、写真だけ撮って食べもせず、聞いた情報だけで上手く構成しちゃうけど、マイナーではそうはいかないというか、やりにくいし、あまりしたくないのです。

特に「撮影で冷めちゃったでしょ。作り直しましたわ」なんて、再度出されたときは食べるのを断れない。

お店を宣伝したくて何種類もコースを出してくれる店もある。一口ずつでも食べないと…。

逆に「撮影用ですから」と、食べるのを想定していない取材慣れした店も多いけど。

昨日は、朝に丼ものとケーキ、昼に中華のフルコース、夜にラーメンと、一人で食べました。
もちろん、「残して持ち帰る」ようにしてますが、ラーメンはそうはいかない。
最後は根性で食べきると「完食ありがとう!」の文字。
帰りの車の中で満腹すぎて眠くなる。

好き嫌いも許されない。私は嫌いなものが多いんだけど、そういうものに出会った時は死んだ気になって飲み込む。内緒のことだけど。

私は幸運にも「明らかに不味い店」の取材に当ったことはないです。
プライベートで行く店ではしょっちゅう「げ、ありえない味」はありますが。

持ち帰った料理の残りは、温め直して翌日のランチや翌々日の夕ご飯になったりする(もてばね)。何日かご飯には困らない。お菓子やパンにも不自由しない。

しかし、取材がないと、途端に普段の食生活は貧相なものに。
1日5食以上も食べる日と、厳選素材の残りを食べられる日々と、丸一日以上何も食べない日が続いたりする私の食生活。

でした。

posted by 手児奈 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

離婚したのかどうか分からない!

離婚って、離婚届が出されたら、何か通知がくるのかと思っていた。
通知は特に来ないらしい。

「正式に離婚するも、別居期間をもうけるのも、全て貴方に任せた」
と言って別居した私は、3ヶ月ほど経って不安になってくる。

「ひょっとしたら、もう離婚しているのかも!!」

これを調べるには戸籍謄本を見るしかないらしい。イマドキ、戸籍にバツマークとかするんだろいうか。しかも謄本は本籍地のみ。

そんなに縛りが甘いなら、私が勝手に出しておけば良かった〜って思う。

離婚届を勝手に出しても、戸籍を見られるまでバレないのだ。
でも、その行為が公文書偽造罪にあたるから、ほとんどの人はしないのとか。

つまり・・
婚姻中、とてもうまくいっていても、離婚届を出されているかは、分からないのよ。

「婚姻とは一体何だろう?」

罪に問われて余計高い慰謝料を払うのはご免だろうから誰もしない。
でも、出しても誰にも気づかれないという現実…。
結論を相手に委ねた方は、戸籍をチェックするなどして知るしかない。

そんなもんなんですかんね、お役所さん。

離婚したら
「貴方方の離婚は正式に認められました。ここに、○○区からの承認証書と、一人暮らしの読本と、新しい出会いのたの読本をおくります」
なんてのいーでいいのではないの?ぉ?


離婚届って、婚姻届と違って、仲良く二人で行くことは絶対にない。どちらか一方しか行かない。そこで、「項目満たしているのでOKです」の確認だけでいいの?

区民税とかはずーっとおっかけてくるのに、離婚という、人によっては経済的にも大きすぎる一大事に関して、追っかけてこないなんてー。

別居問題があって、一文無しになった私にすぐ来る。「税金遅れてるんですけどーー」って…。


酔ってます/
posted by 手児奈 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

ちょこっと再開。

ブログを再開してみました。

あまりにも、仕事で文章を書くことが多く、写真を撮ってばかりなので、ブログなんて余計な仕事をする気がなかったけど、「息抜きの文章」も必要かなと。

あと、仕事先でのこぼれ話がいっぱいあるんだけど、書けないから、ここでちょこっとだけヒッソリと。

疲れたなぁ。


こないだ行ったお店はね、名店だったよ。中華料理。「こんなところに?」ってくらいだけど、場所も店も書けない。若い頃何度も行った「中国の味」がした。

じゃあね。
posted by 手児奈 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | フォトエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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